中田敦彦の2020今現在の仕事は大学講師|Youtube大学の内容やあだ名滝廉太郎の理由と由来も調査

今回は、オリエンタルラジオの中田敦彦さんについて、少し変わった話題をお届けしていきたいと思います。

中田敦彦さんといえば、お笑い芸人でも随一のインテリキャラとして有名。

そのため、本業以外のジャンルでも多々、活躍していたのでした。

それでは、オリエンタルラジオとして以外に、中田敦彦さんの活動にはどのようなものがあったのか、これから見ていきましょう。

これまでの中田敦彦さんのイメージが覆る興味深いネタも、いっしょにどうぞ。

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もくじ

1. 中田敦彦のプロフィール

中田敦彦さんは、大阪府出身で1982年9月27日生まれの38歳

芸能界には高学歴芸人も少なくないとはいえ、慶應義塾大学経済学部を卒業しており、インテリキャラとしては、ほぼトップクラスといえます。

中田敦彦さんがインテリであることについては、後であらためて詳細を述べていきます。

さて、中田敦彦さんは、2003年に、藤森慎吾さんとオリエンタルラジオを結成

以後、武勇伝で知られるリズムネタで、『エンタの神様』に出演したことで、一躍、大人気お笑い芸人となることに。

しかし、中田敦彦さんが他のお笑い芸人と一線を画していたのは、お笑い芸人としてのおもしろさ、インテリといったこと以外に、音楽活動もありました。

音楽活動を展開するお笑い芸人は、ダウンタウンの2人などがいますが、オリエンタルラジオは、ダンス&ボーカルグループであるRADIO FISHとして、『NHK紅白歌合戦』出場まで実現するという、とても本格的なものだったからです。

しかし、中田敦彦さんといえば、これから述べていきますように、まだまだ豊富な活動歴、ネタがあったのでした。

ぜひ、ご覧ください。

2. 中田敦彦の2019今現在の仕事は大学講師

もともとインテリキャラとして定評があった中田敦彦さんではありますが、2019年、そんな彼にすごい動きが見られました。

なんと、大学の教員に起用されたというのです。

しかも、あの青山学院大学経営学部の客員講師だったといいますから、すごい話ですよね。

いくら著名人でインテリとはいえ、本業や年齢を考えれば、きわめて異例の人事ではないでしょうか。

そんな中田敦彦さんは、理論的な授業ではなく、実践的な授業にしていくと、教員としての意気込みを語っていました。

どれだけ勉強熱心な学生であっても、通常、講義を受けるのは面倒なものですし、ついつい、さぼりがちになってしまう人もいるものです。

でも、だれだって、自身の担当教員がこんな人物だったなら、欠かさず出席する気が出てくるに違いありません。

いろんな意味で、大学教員としての中田敦彦さんに対して、期待できそうですね。

3. 中田敦彦のYoutube大学の内容

このように、青山学院大学経営学部で活躍していた、中田敦彦さん。

しかしながら、「大学」といえば、まだほかの大学でも話題になっていたのです。

それは、Youtube大学というものでした。

もちろんこれは正規の大学などではありません。

中田敦彦さんはYouTuberとしても活躍しており、そのYouTubeチャンネルが「中田敦彦のYouTube大学」だったのですね。

こちらは、中田敦彦さんがいろんな勉強ネタを展開していくという内容。

具体的には、歴史から文学に至るまで、ジャンル的にはお堅いもので、一見、お笑い芸人とはとても思えないもの。

YouTubeといえば、一般的に面白おかしいイメージがありますが、とてもシリアスなYouTubeチャンネルだったというわけですね。

なんと、チャンネル登録者数は50万人を突破しているという人気ぶりなのでした。

雰囲気は、お笑い色は一掃した学校みたいな感じなので、今後の中田敦彦さんのキャラクターにも大きな影響を及ぼしていきそうです。

4. 中田敦彦のあだ名滝廉太郎の理由と由来

中田敦彦さんには、これまでのイメージが覆る興味深いネタもありました。

それは、あだ名である滝廉太郎に関するもの。

いったい、中田敦彦さんと滝廉太郎にどんな関係があったのでしょうか?

中田さんは中学時代までは目立たず暗いキャラクターだったとか。

無表情でメガネをしていたことからついたあだ名は「滝廉太郎」。

音楽や国語等の教科書でおなじみのあの硬いイメージの滝廉太郎の顔そっくりだったんです。

そのエピソードを、番組は「アメトーーク」だったと記憶していますが、芸人たちが自分のイケてない頃のあだ名を晒す中で、中田さんも滝廉太郎だったことを告白していました。

また、実は中田敦彦さんは、『やりすぎ都市伝説』において、滝廉太郎に関する陰謀を語っていたのでした。

滝廉太郎は夭折した天才として知られていますが、実際にはもっと気の毒だったというのです。

滝廉太郎が活動していたころ、文部省が子供向けに曲を作っても、なかなかウケませんでした。

そんななか、滝廉太郎の「鳩ぽっぽ」「雪やこんこん」といった曲は大人気に。

これで腹を立てた文部省によって、滝廉太郎はドイツ留学というかたちで国を追われ、結核に感染し、亡くなったとか。

こういった経緯から、滝廉太郎は政府の陰謀の犠牲になったに等しい、という内容なのでした。

あくまで都市伝説にすぎないことを願うばかりですね。

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中田敦彦さんといえば、ただおもしろいだけの人物ではなく、実に多くの引き出しの持ち主だったのですね。

しかし、大学講師やYouTuberには驚いてしまいました。

ここまでいろんなジャンルで成功する人はいませんからね。

最後の滝廉太郎も実に意外なネタですし、これからもますます、中田敦彦さんが届けてくれるネタが楽しみで仕方がありません。

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